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:楽しかった先生との思いで。そしてパストとの出会い。


生まれた訳も、生きる意味も知らないまま、そして・・・・・・
 小さな部屋の中で隠者のような生活を送っていたナインは、ある日戯れで一体の人工生命を作り上げる。
 その人工生命の名前はパスト。
 まだ子供のようなパストに、ナインは父親の様に接することで日々の退屈を埋めようとする。
 そして、それはパストが覚えている記憶の中で最も光り輝いた大切な思い出だった。
アスクは少しばかり変わった男だった。
 パストは、旅のさなかに意識を失い倒れてしまう。
 そしてパストは、アスクという男に助けられ、そこが彼の部屋であることを確認する。
 あれこれと気遣ってくれるアスクを当初パストは不審に思ったが、それは杞憂でしかなかった。
 確かにアスクは助けた礼を要求はしてきたが、その礼とは「パストの話が聞きたい」という至って簡単な事だったのだ。
 そして、パストは語り始める。
 どうして旅をしているのかを。
 なぜ一人きりなのかを。
 楽しかった、あの思い出と共に・・・。
楽しかった思い出と、悲しかった思いで。
 パストが人間でないと知っても、アスクは別段に気にする風でもなかった。
 それよりも、パストとナインの事をしきりに知りたがるアスクに押され気味になってしまう。
 パストは、様々なことを話した。
 ビデオや本を見ながら先生とチェスをしたこと、自分がナインの戯れで作られたこと。
 そして、自分とナインが16年間も部屋の中で暮らしていたと言う話になった時、アスクは気が付く。
 ナインがなぜ長い間そんなところで暮らしていたのか、なぜ戯れなどでパストを作ったのか。
 そして、ナインの事をパストが語かたる事はは、その思いを確信へと変えたのだった。
こんなところで、私は死ぬわけには行かないんだ。
 彼は死ぬわけには行かなかった。
 世界が、暗く、薄汚いところに変えてしまった者達から逃れるため、全てを捨ててこの部屋の中に籠もったのだから。
 自分には何もいらない、ただ、水と食べ物とわずかな娯楽さえあれば、外に出ることを夢見るだけで彼は生きていけるはずだった。
 それから何年かが過ぎて、彼の心に付いていた小さな傷が、思い出を伴って痛み始める。
 自分を捨てた親、彼や他の子供を番号で呼ぶ大人達。
 そして、彼はその心の内にあった思いに気が付く。
 「一人でいるのは耐えられない。ずっと変わらない、そんな家族が欲しかった」
 そして、彼は求めていた物を手に入れる。
 永遠の友達、永遠の話し相手、永遠の家族。
 それが・・・・・パストだった。
僕が生まれた理由、それを知っても生きる意味は分からなかった。
 しかし、パストとナインの楽しかった日々はそれから長くは続かなかった。
 新たな厄災が再びナインを襲い、それから二度と外へ出ることはかなわなかった。
 日々衰弱していくナイン。
 パストは何でもするから死なないでくれと、ナインにすがりつく。
 それでも、ナインの体は元に戻るはずもなく、ついに二人を別つ時が近づいてきた。
 最後の床で、ナインは様々なことをパストと話した。
 初めて祝った誕生日の事、パストが描いてくれた絵の事。
 そして、パストはなぜナインが自分を使った事言うことを初めて聞かされた。
 ナインが初めて語った本心。
 そして、それがナインの最後となった。
俺は、あいつに何がしてやれるだろう・・・・・
 こうして、パストは部屋の外へ出ることになった。
 部屋にいる意味はもうなく、また悲しい思い出に包まれるのもいやだったから。
 そして、初めて見た外の世界は言いようがないほど奇麗だった。
 浄化された世界なのか、それとも生きることすら拒む世界なのか。
 それすら解らないまま、パストは旅に出た。
 自分を包んでくれる暖かい思いを、もう一度感じるために。
 そうして出会った人々は、いつも彼を追い手先に消えていってしまう。
 死ぬことは恐ろしい、だけど一人で生きていく事にはもう疲れた。
 そうして、旅をすることをあきらめていた時、パストはアスクと出会ったのだ。
 
 アスクは、そんな彼にこう言った。
 「誰にでも欠点はある、俺の欠点は年を取ることが出来ないことだ」と。
 それはアスクの出来る精一杯のことだった、彼は悲しむことも、泣くこともできない。
 パストのために出来ることはそれほど多くはなかった。
 共に誕生日を祝い、共に笑い、共に生きて、その思いでを楽しい物だけで埋めていくこと。
 「もっと笑って、楽に生きるんだよ」
 彼はパストにそう言って、自分に出来る数少ないことを思い浮かべてみた。
 それほど、悪い気は起こらなかった。
 だから、彼はパストの新しい家族になったのだ。


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